『仏教ゆかりの植物図鑑』(東本願寺出版刊)
松下俊英・文/大島加奈子・絵
https://higashihonganji-shuppan.jp/books/botanical-picture-book/
ISBN:9784834106671
出版社:東本願寺出版
発売日: 2023/03/20
本書は、題名に示されている通り、仏教にゆかりのある植物を紹介したものである。
仏教にかかわりのある植物と聞けば、お釈迦様がお座りになっている「蓮」の花や、菩提(覚り・目覚め)の名を冠した「菩提樹」などが頭に浮かぶ。また、平家物語の冒頭に出てくる「沙羅双樹=沙羅」といった言葉を思い出される方もあろう。
だが、仏教にゆかりの深い植物はほかにもいろいろあり、本書では十五種類の植物が取り上げられている。その中には誰もが知っている「竹」「芭蕉」「マンゴー」といったものが含まれていて、新鮮な驚きを覚える。
それらの植物が、仏教やお釈迦様と「なぜ・どうして・どのような」ゆかりがあるのか、美しい色彩の絵とともに、やさしくわかりやすく解説され、そこに秘められた仏の教えが心に沁み透ってくる。
たとえば、シロガラシ(アブラナ科の一年草)の箇所を要約すると、次のようにとかれている。
ある女が、結婚して一人の息子をもうけたが、幼くして亡くしてしまった。彼女は息子の死が受け入れられず、亡骸を抱き、息子が生き返る薬を求めて村中を探し歩いた。しかし、そんな薬はどこにもない。するとある人が「お釈迦様なら知っている」と教えてくれた。女はさっそくお釈迦様のところに行き、薬について訊ねた。するとお釈迦様は“シロガラシの種をひと掴み手に入れなさい。ただし、これまで誰も人が死んでいない家からもらうこと”と言われた。女は家々を訪ね歩いた。しかし、シロガラシの種はあっても、死人が出ていない家は一軒もなかった。女はそこで気づいた。死は誰にでも訪れるものなのに、自分はわが子の死ばかり考えて苦しみ奔走していた。そして、“間違っていた”と考え改め、執着から解放された。やがて、女はお釈迦様のもとで出家したのであった。
この女性は、「わが子が生き返るためのシロガラシの種ではなく、“不死の境地”をみずから見出した」と結ばれている。
このように、お釈迦様の教えを示す場面にさまざまな植物が出てくるのだが、読後に感じるのは、「植物も人間もともに生き物としてこの世に存在する仲間だ。人は植物にもなり、植物は人にもなる」という無常観である。
「植物は枯死して動物を養い、動物の肉体は分解して土地を肥やし、こうして再び植物を育てる」(シャフツベリ=哲学者)という言葉が思い出される。
興味深い話を介してお釈迦様の教えがよくわかり、植物に対する親しみの気持ちを昨日までと違ったものにしてくれる一冊である。
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窪島 一系(くぼしま いっけい)
1939年、神奈川県生まれ。日本文学・中国文学を専攻。日本実業出版社編集長、開隆堂出版取締役高校本部長兼チヨダエイジェンシー代表取締役社長、藤沢市役所常勤参与(市長補佐官)等を歴任。主著に、『勝海舟強い生き方』『四字熟語なるほど話』(中経文庫)、『ビジネス戦略を支える中国名言の智恵』(佼成出版社)『故事ことわざ辞典』(国際情報社)、『養成工物語』(安曇出版)など。
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