新刊『般若』ロボコンの創始者が語る、仏教の智慧の核心

自分のなかにある価値観が、ガラッと変わってしまった体験をしたことが何度かある。

一度目は、仏教が示した「諸行無常」の真理を知った時。中学生の時だったと記憶するが、あらゆる事物が刻一刻と変化し続けており、“常”なるものはないという真理を知り、「本当にそうか?」と疑いながらも、頭で想像できるものは確かにこの真理にあてはまる気がして感動した。
諸行無常の真理を説く「三法印」の一つで、何一つとして単体で存在しているものはないという「諸法無我」の理もまた、その通りだと思わされた覚えがある。

二度目が、森政弘先生の著書『退歩を学べ ロボット博士の仏教的省察』で「二元性一元論」と「三性の理」を知った時だった。
すべての物事が相反するハタラキをもっていて「一つ」に機能するという「二元性一元論」と、たとえば善・悪といった二元的な考えではなく、本来、物事は「記すものが無い」無記なるものだという「三性の理」。この考えを知ってからというもの、とかく「これは善で、あれは悪だ」「自分の考えが正しくて、相手が間違っている」といった二元的な狭い考えにとらわれ、対立のはざまにいて苦しむ世界から抜けだせたように感じた。

もちろん、主張をぶつけあうことで生まれる衝突に苦しむことは日常においてあるのだが、“対立する自分と相手は本来「一つ」であって、両者があって初めて真のハタラキを発揮できる”という事実を知っているだけで、不毛な怒りで自らの心を蝕むことが少なくなった。

確かに存在していたはずなのに、これまで決して気がつくことができなかった事実。目に見えている世界も、見えざる世界の働きも、その不可思議な存在をも包み込んで自分と一体だと思えるような体験。「あっ!」と思わず声をあげたくなるような、それまでの価値観の根底がひっくり返るような経験を鮮明に覚えている。

私の価値観を大きく変えてくださった森政弘先生の新刊『般若 仏教の智慧の核心』が4月13日に発売となった。この本は、森先生が「森政弘 最後の著作計画」と題してお寄せくださった一冊である。

御年96歳を迎えられ、体力の衰微を感じながらも、諸師・諸先輩から受け継がれた仏教の“重大内容”を、命あるうちに一冊ものしておくことを使命と捉えた森先生が、自らの人生の集大成として書き下ろしたのが本書だ。
それゆえに、強烈なエネルギーが込められている。

内容は、約50年にわたって仏教の研鑽と実践をしてこられた森先生が、科学技術者の視点から仏教の智慧の核心を語ったものだ。前述の「二元性一元論」や「三性の理」も含め、仏教の重要な教義が、般若(=智慧)の視点から語られている。

本書内で森先生ご自身が言及されているが、仏教の智慧を言葉で語ることは非常に難しい。言葉は、伝える手段でありながら、一方で私たちに固定観念を植え付け、真実を遠ざけるハタラキをもっているからである。禅の世界では、「不立文字」(ふりゅうもんじ)といって、言葉の限界をうたっている。

それでもなお、森先生が余生を捧げて書き記した本書を、ぜひお読みいただきたい。担当編集者として切に願うところである。

仏教は、知れば知るほど奥深く、人生経験に呼応して学びを深めることができる。
「煩悩即菩提」の教えがあるが、向き合う人の苦労が多ければ多いほど、苦しみが深ければ深いほど、それだけ悟りも深いということである。

最後に、『般若』は仏教の智慧の核心を説いているが故に、決して簡単ではない。
小手先で役立つ実用書のような求めには、きっと応じられないだろう。
「すぐに役立つものは、きっとすぐに役に立たなくなる」――そんな気持ちと心構えで、本書を手にとってもらいたい。

(記・芙蓉)

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般若 仏教の智慧の核心
森政弘・著 ¥1,760(税込)

作品紹介:科学技術者(制御工学専攻)の立場から、仏教を学び実践することの大切さを訴え、仏教の著作も多い森政弘氏。本書は、著者が自ら体得し、体系化した仏教哲学の核心部分のみを「ノート」(覚書、注解)として著すものです。
著者の仏教思想は、光と影、陰と陽、無と有など、“この世のすべては、相反する二つのものがあって一つになっている”という合一の真理を示す「二元性一原論」に集約されます。「二元性一原論」の理論と実践が網羅的に説かれている既刊書籍『仏教新論』の姉妹本として、同書ではポイントを端的に説明しつつ、二元性一原論を支える「智慧」(=般若)の解説に特化した一冊です。
仏教を学ぶうえでの心構えから、科学的見地から仏教を考察する論理的な視点で、仏教が説く智慧の核心に迫ります。
『退歩を学べ』(2011年、6刷)、『仏教新論』(2013年、3刷)と併せて、著者晩年の“仏教哲学三部作”の完結作品。

森 政弘
一九二七年(昭和二年)、三重県に生まれる。名古屋大学工学部電気学科卒業。工学博士。東京大学教授、東京工業大学教授を経て現在、東京工業大学名誉教授、日本ロボット学会名誉会長、中央学術研究所講師を務める。ロボットコンテスト(ロボコン)の創始者であるとともに、「不気味の谷」現象の発見者であり、約五十年にわたって仏教および禅の勉強を続け、仏教書の著作も多い。紫綬褒章および勲三等旭日中綬章を受章、NHK放送文化賞、ロボット活用社会貢献賞ほかを受賞する。
おもな著書に『機械部品の幕の内弁当─ロボット博士の創造への扉』『作る! 動かす! 楽しむ! おもしろ工作実験』(共にオーム社)、『今を生きていく力「六波羅蜜」』(教育評論社)、『親子のための仏教入門─我慢が楽しくなる技術』(幻冬舎新書)、『退歩を学べ─ロボット博士の仏教的省察』『仏教新論』(ともに佼成出版社)等があり、共著に『ロボット工学と仏教─AI時代の科学の限界と可能性』(佼成出版社)がある。
(※略歴は刊行時のものです)

【目次】
まえがき
【第一章】仏教での言葉の立場
【第二章】言葉の本質と限界
【第三章】「二元性一原論」とは
【第四章】大事な仏教教義いくつか
付録(般若まとめ)
あとがき

ISBN:9784333028993
出版社:佼成出版社
発売日:2023/04/15