他を先んじる心


他を救いたいと願うならば、やはり自分自身が、他から信頼されていなくては説得力はないでしょう。仏の教えを学ぶことはこの命が救われることだと、心底思えるには、あの人の言うことなら信じられるとか、あの人のようになりたいとかいう思いがなければ耳を貸してはもらえないでしょう。

しかし、覚りに導くというとおこがましいですが、共に正法を聞くチャンスに恵まれますようにという願をおこしたいと思うのです。

何億光年も先からとどく星の光に心惹かれ、何億年も地球を回り続けている月の光に包まれる思いをし、一陣の風にハッと心を打たれたり、そんな思いが深まる時、仏道に導かれてこの命有り難し、とつくづく感じる時があります。これは発心出家してより、正法を聞く機会に恵まれてきたからだと思います。

自分は、覚りの岸まで辿りつけるかどうかわかりませんが、あなたには、仏道を学んで生きるこの道を、覚りの彼岸にまで歩んで行っていただきたいと願うのです。輪廻転生し続けても、一度おこしたこの思いは消えないと、道元禅師が確約してくださっています。信じて生きていこうと思うのです。悩みの海に溺れかかっていたこの身を、救い上げてくださった菩提船に乗って、自分だけ救われようということなく、もし苦しんでいるあなたがいたら、共に乗り合うことをすすめたいのです。もし、一人は乗り切れないとしたら、躊躇せずに自分は再びその海に落ちようとも、あなたを先に岸までとどけましょう。ちょっとカッコいいでしょうか。もう少しカッコ良く言いますと、「大丈夫、私はもうこの悩みの大海に落ちても、泳ぎ方がわかっているのですから」。

お互いに援け援けられてこの老病死海を渡ってまいりましょう。お互いに自ら未だ渡らざる先に他を渡さんとする心を発(おこ)し合っているあなたと私ですから、この世俗の海に溺れきって、永遠にこの命がこの世にあると錯覚し、刹那の楽しみに振り回されはしないことでしょう。雲に風に月に星に、じっくりと命の話を聞き合いましょうか。

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『修証義』解説 道元禅師に学ぶ人間の道
佐藤厚・著 ¥2,200 (税込)

明治時代の中頃に、道元(1200-1253年)の主著『正法眼蔵』から抜粋して編集された『修証義』。曹洞宗の「宗典」であると共に、広く仏教徒の生き方を説くものでもある『修証義』を、著者の体験を織り交ぜながら解き明かす。

丸山劫外
尼僧・仏教学者(曹洞宗学)。1946年(昭和21年)群馬県生まれ。
早稲田大学教育学部卒業、駒澤大学大学院人文科学研究科仏教学専攻博士課程単位取得満期退学。
1982年に得度し、愛知専門尼僧堂での修行の後、学問研究等を経て現在、吉祥院(埼玉県所沢市)住職、曹洞宗総合研究センター宗学研究部門特別研究員。
著書に『中国禅僧祖師伝』(曹洞宗宗務庁)、『雲と風と月と――尼僧の供養記』(中央公論事業出版)等のほか、論文が多数ある。
(※略歴は刊行時のものです)

【目次】
「刊行に寄せて」(佐々木宏幹・駒澤大学名誉教授)
序章 『修証義』とは何か
第1章 総序
第2章 懺悔滅罪
第3章 受戒入位
第4章 発願利生
第5章 行持報恩
附巻 『修証義』原文と“詩訳”
あとがき
参考文献

ISBN:9784333027323
発行元:仏教企画
発売元:佼成出版社
発売日:2016/4/30