噓とごまかしは破滅の入り口


人間は、都合が悪くなると、言葉巧みにごまかしたり、噓をついたりすることがあります。小さなミスや失態、人に言えない過去の自分の姿など、知られたら他人から責められてしまうような後ろめたいことがあると、とっさに自己防衛本能が働くのです。「こんな自分を知られたらきっと幻滅される」という消極的な心理と、「この場さえやりすごせれば……」という安直な考えがあるからこその行動だといえます。


人を騙す詐欺のような噓は論外ですが、他人に悪く思われたくないという「保身」から噓をつくことは誰もがやりがちな行為です。他にも、自分の稼ぎを実際よりも少し多めに自慢したり、失敗に対して「仕方なかった」と思ってもらうための言い訳をしたりと、見栄や体裁を気にしてついてしまう噓もあるでしょう。

多くの人が、噓をつくのはよくない行ないだと理解しています。では、人はなぜ噓をついてしまうのでしょうか。たとえば、人を騙す詐欺や企業におけるデータの改竄(かいざん)など、「大きな噓」が良くないことは誰だって理解できますし、多くの人は実際にやろうなどとは思わないでしょう。ですが、「小さな噓」になると、「人に害を与えるわけではない」「相手のためになるなら」などと考え、問題だとすら思わないのです。

人間には、自分の考えに正当性をもたせるように、物事を都合よく解釈する習性があります。これは生きていくうえで不可欠な習性なのですが、一方で、行ないに対する価値観や基準を自分でも自覚できないところで少しずつ変えていってしまう怖さがあるのです。相手のためを思っての噓や「これくらいこの場をやりすごせれば問題にはならないだろう」という思いでついた噓は、罪悪感を感じさせないため、次第に本人が噓をついている自覚すらなく、エスカレートしていくようになります。 

待ち受ける末路
 

たとえば、気の向かない誘いを受けたとき、「その日は仕事の打ち合わせがありまして……」「行きたい気持ちはあるのですが、あいにく別の約束があるんです」など、断るための口実として噓をつく経験は、誰でも一度くらいはあるのではないでしょうか。家庭では仕事を言い訳に、職場では家庭を言い訳に誘いを断ることを常套手段にしている人も少なくないかもしれません。たいていの場合、相手は素直に信じてくれるか、程のいい断り文句だと察してくれるでしょう。ですが、たとえば後日その人に会い、「このあいだの別の予定は楽しかった?」と聞かれでもしたら、さらに噓の上塗りをしなければいけないことになります。そうしてだんだんと、ひっこみがつかなくなっていくのです。

噓を真実にするために、またさらに噓をつくことは、相当頭が切れなければできないことです。噓を重ねれば重ねるほど、覚えておかなければならないことが増え続けるからです。同時に「バレないようにしなければ」「もしバレたらどうしよう」と、いつも緊張感をもつことになるため、エネルギーを使い、ストレスを抱えることにもなります。取り繕おうとする自分の言動にいつまでも一貫性をもたせることは困難であり、どんなに頭の切れる人でも、いつかは噓をつきとおすことができなくなってしまうのです。

深刻なのは、噓が明るみに出れば、過去についた噓が暴かれるだけでは済まず、「あれも噓だったから、きっとこの人は今回も噓をついているだろう」と、本当のことさえも信じてもらえなくなってしまいます。

仏教的な生き方にスイッチ
 

 

仏教には噓を戒める「不妄語戒(ふもうごかい)」という「戒」があります。
「妄語」は仏教語で「噓をつくこと」を意味し、「戒」は、別の話でも述べたとおり、自分自身が守るべき約束のことです。噓は小さなものから始まり、やがて大きな噓へと発展していきます。仏教では「悪業(あくごう)を積む」というように解釈されていますが、小さな噓をつくことで少しずつ心が汚れていってしまうのです。この戒をもつことで、心が汚れるのを防ぐことができます。

噓のない、きれいで清らかな落ち着いた心は、堂々とした態度をつくり出し、噓を重ねているときとは反対に、人生を好転させる作用をもっています。それが、不妄語戒を守る本来の意義です。

では、具体的にどんな戒を立てればいいのかというと、まずは噓をつくことをやめることです。しかし、人間は習慣の生き物ですから、自分を取り繕おうととっさに噓をつく癖がついてしまうと、簡単には直せません。そこで、噓をついてしまった自分に気がついたときに、「懺悔(さんげ)」することをお勧めします。

あるとき、知り合いと話をしていたら、その方が「ごめんなさい。私いま、自分をよく見せようととっさに噓をついてしまいました」と打ち明けてくれたことがありました。うっかり小さな噓をついてしまったとき、素直に噓を認めて謝る。噓をつかれたことへのいらだちよりも、その人の誠実さが際立ち、私がその方に対して懐く印象はかえってポジティブなものに変わりました。

この方のように、とっさについてしまった噓に対して、「あ、いま噓をついたな」と自分自身で気がつき、反省することに意味があります。この気づきが、無意識に噓を上塗りしてしまう自分を制御するうえで重要なストッパーになるからです。

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これでは、不幸まっしぐら 今すぐ変えたい30の思考・行動
大愚元勝・著 ¥1,980 (税込)

不機嫌を撒き散らす、陰口・悪口を言う、悪習慣がやめられない――私たち人間は、幸せになりたいと願っていながらも、不幸への道をひたはしるような愚かな行動をしてしまいしがちです。物事が上手くいかなくなって初めて、思考や行動を反省してみても、簡単に変わることはできません。とはいえ、いつまでも自分を変えられなければ、〈不幸まっしぐら〉な道を転げ落ちてしまう。そんな、変わりたい、けど変われない弱い自分を見つめなおすヒントが仏教にはあります。
本書では、多くの人がやりがちな〈できない〉生き方をイラストを交えて30提示。〈不幸まっしぐら〉の原因と背景、行動の末路を紹介しながら、最後には仏教的な生き方への転換をはかる方法を、数多くの人生相談に応じ、仏教の教えを通じて解決の糸口を見出してきた著者が解説します。

大愚元勝
1972年、愛知県生まれ。佛心宗大叢山福厳寺住職。(株)慈光マネジメント代表取締役、慈光グループ会長。駒澤大学、曹洞宗大本山總持寺を経て、愛知学院大学大学院にて文学修士を取得。YouTubeチャンネル『大愚和尚の一問一答/Osho Taigu's Heart of Buddha』は登録者数56万人を超える(2022年12月1日現在)。主な著書に『苦しみの手放し方』(ダイヤモンド社)、『最後にあなたを救う禅語』(扶桑社)、『人生が確実に変わる 大愚和尚の答え』(飛鳥新社)、『ひとりの「さみしさ」とうまくやる本』(興陽館)などがある。

【目次】
はじめに
第一章 感情を制御できない人
第二章 決まりごとが守れない人
第三章 利己的で欲深い人
第四章 無知で苦しむ人
第五章 思いこみが激しい人
第六章 チャンスを摑めない人
おわりに

ISBN:9784333028924
出版社:佼成出版社
発売日:2023/01/30