『経典はいかに伝わったか』

 

作品に込めた著者の思いや、執筆の動機が綴られた「はじめに」「まえがき」「プロローグ」などを「本のいとぐち」として紹介します。

 

まえがき


仏教が日本に伝来されたのは、五三八年頃とされるから、実に千四百余年の長い歴史を経ていることになる。

その間、仏教はわが国の思想・文化に多大の影響を与え、同時に多くの人びとの間に、大きな心の支えとして、今日に至るまで生き続けてきたことは、何人も疑わない事実である。

さて、そうした日本仏教の形成には、中国や朝鮮半島からの伝道僧や、求道の日本僧による彼我の往来があり、また仏教が中国・朝鮮半島にもたらされる過程にあっても、様々の人びとの求法のいとなみがあったことは我々にとって忘れてならぬことであろう。

三蔵法師と呼ばれ、後世の人びとにまで親しまれている玄奘は、五百二十箱、六百五十七部にのぼる経巻を、インドより持ちきたり、大般若経をはじめ主要経典の翻訳を完成するが、出国に際しては、許可が得られず、流民の群に乗じて出国している。

また、戒律の経典を求めた法顕の旅立ちは齢六十を越えていた。散乱している白骨のみが方角の目じるしだった砂漠越えの苦労はいかばかりであろうか。

本書は、経典成立の事情を初めに見、その後、経典流伝の跡を追っている。そうすることで、仏教史の中での人びとの求法のいとなみを見ようとするからである。

本書は、便宜上、経典の成立に関する二章と、その展開に関する二章との四章に分けてある。

これを具体的に述べると、まず最初の二章は、経典の総体的な解説をしており、経典とは何か、原始仏教経典の成立事情はどうか、大乗仏教でも経典が現われたが、大乗経で述べられていることは仏説か非仏説か、仏説とは何を指すのか、経典の真偽はいかにして判定されるか、インド以来の経典の言語にはいかなるものがあったか、いつどのようにして経典が書写されるようになったか、書写の文字にはどのようなものがあったか、書写の材料はいかなるものであるか等を紹介した。

そして、後半の二章では、われわれ日本の仏教者にもっとも親しい漢訳経典の由来を種々の方面から具体的に考察したものである。まず、漢訳経典の翻訳事情も年代的に違っているから、時代を追って、翻訳がどのようにして行なわれたかを述べている。何しろ漢訳経典は昔から一切経五千余巻ともいわれ、今日ではその一倍半にも及ぶ膨大なものになっているが、それらは二世紀の後漢時代から元の時代まで千余年にわたって翻訳されたものである。各時代にわたって、どのような人びとが、いかなる苦心をして経典をインドから持ちきたり、それが漢訳されるようになったのか。それらの経典が中国でどのように研究され理解されていったのか。次第に集積する漢訳経典はいかに集録され、整理され、目録が作られ、一切経としてまとめられ、いかに書写され刊行されていったのか。そして、最後は、日本でも続けられた大蔵経の刊行にも言及している。

これらの記述は平易を旨とし、読み物として書いたものであるから、学問的な資料や典拠などはいちいち付さなかった。このような構想は、筆者が永年、心に留めていたものである。

なお、本書はかつて、『経典—その成立と展開』という題で、長く刊行されていたものであるが、仏教書に〝心のよりどころ〟を求める新しい人びとが増えている昨今、そうした読者により手を取りやすいように、活字も大きくし、見出しなども若干変更を加え、煩雑な注なども取り除いた。書名も『経典はいかに伝えられたか—成立と流伝の歴史』としてあるが、内容はもとのままである。仏教を求める人びとに、経典を知る書として愛読していただければ幸いである。

平成十六年七月

著者しるす

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経典はいかに伝わったか 成立と流伝の歴史
水野弘元・著 ¥1,980 (税込)

仏教は、日本に伝えられるまでに、中国の三蔵法師をはじめとする求道僧などのさまざまな人びとのいとなみがあったと言われています。本書は、そうした人びとの求法のいとなみを、経典の流伝の歴史を通して詳述。

水野弘元
1901年、佐賀県に生まれる。1928年、東京大学文学部印度哲学科卒業。
駒沢大学教授、東京大学教授、駒沢大学総長などを歴任。駒沢大学名誉教授。
文学博士(東京大学)、インド・ナーランダ大学名誉文学博士。
1967年、紫綬褒章受章。1981年、仏教伝道功労賞受賞。
2006年1月、104歳にて逝去。
主要著書に、『パーリ語文法』(山喜房仏書林)、『釈尊の生涯』(春秋社)、『パーリ仏教を中心とした仏教の心識論』(山喜房仏書林)、『パーリ語辞典』(春秋社)、『仏教の基礎知識』(春秋社)、『仏教要語の基礎知識』(春秋社)などがある。
(※略歴は刊行時のものです)

【目次】
まえがき
ⅰ 経典はどのように誕生したのか
ⅱ 経典は何語で書かれたのか
ⅲ 仏の教えを伝える様々な人びと
ⅳ 大蔵経とは何か

ISBN:9784333020812
出版社:佼成出版社
発売日:2004/08/30