意外と知らない「仏教のどうして?」|(4)どうして、仏教は生まれたの?

 

仏教は人の苦しみ・悩み・悲しみの中から生まれた

 

「毎日、笑顔で楽しくすごしたい」「できれば、仲のいい友達や家族みんなで」 

誰でも思います。しかし、「いやだなあ」「めんどうくさい」ということもやってきます。大声で叫んでけんかしたいこともあります。

それから、「あの人はいいなあ」と誰かと比較してうらやましく思ったり、「どうして私は生まれてきたのだろう」と落ち込んだりすることだってあります。

若いと思っても、いつかは身体が自由に動かなくなり、病気で苦しむかもしれません。突然、親しい人が亡くなると涙が出て悲しくなります。ひょっとして、明日は自分の番かもしれないと不安になるかもしれません。

「そんなときに、どうしたらいいのだろうか?」

同じような問題に悩んだのがお釈迦さまです。今からおよそ2500年前、インド、現在のネパールで生まれました。恵まれた王国の王子でした。結婚し、子供もできます。

「ただ、毎日が楽しいだけでいいのだろうか?」「でも、必ずいやなことがやってくる」
「どうして、生まれてから死ぬまでの間にこんなことが起きるのだろう?」
「そうだ、この世のしくみがわかれば、答えが見つかるかもしれない」

お釈迦さまは、すべてを捨てて修行の旅に出ます。そして、師となる先生をたずねて教えを聞き、修行をします。しかし、「これだ!」という教えには出合うことができず、最後は一人で坐禅をし、瞑想して「人はどのようにあるべきか」に気づき、35歳で悟りをひらきます。そして、80歳で亡くなるまで、「苦しさや悲しさに負けない方法」「正しく生きる方法」などを人々に説きつづけました。 

 

(イラスト・村越英裕)

仏教はキリスト教やユダヤ教、イスラム教などのように「神の言葉を預かった者」によって開かれたのではありません。

お釈迦さまの名前は、「ガウタマ ・シッダールタ」と言います。お釈迦さまの釈迦は「釈迦一族」の釈迦です。「お釈迦さま」は「釈迦一族で有名な人」というような意味です。また、悟りをひらいた人のことをブッダと言います。悟りをひらいた人は数多くいますが、ブッダといえばお釈迦さまのことです。お釈迦さまの教えは、インドから中国へも伝わります。「ブッダ」は中国で「仏陀(ぶっだ)」と漢字で表現されました。「陀」を省略して「仏(ぶつ)」ともいいます。日本語では「ほとけ」となりました。お釈迦さまの教え、つまり、「仏さまの教え」が仏教です。教えの基本は、心を調え、身体と日々の生活を調えることにあります。

仏教はお釈迦さまが一人の人間として悩み苦しみ、不安を感じ出家し、悟りをひらき、人々を幸せにしたいと願い、その内容を説かれたことから生まれました。 

ちなみに、キリスト教より仏教のほうが古いです。 

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村越英裕(むらこし・えいゆう)
臨済宗妙心寺派・龍雲寺住職、同派布教師。1957年静岡県沼津市生まれ。二松学舎大学大学院修士課程修了。龍澤寺僧堂に入門、中川宋淵老師・鈴木宗忠老師(ともに故人)に師事。「やさしく」「わかりやすく」「楽しく」をテーマに仏教全般、禅宗関係について執筆活動を行う。著書に『禅から学ぶこころの引き算』(同文舘出版)、『ほんとうは大事な「お葬式」』(大法輪閣)、『超訳こころの禅語』(佼成出版社)、執筆監修書に『仏像と仏教』『よくわかる日本の仏教』『日本の仏教と十三宗派』『親鸞と歎異抄』(ともに宝島社)など多数。

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