子育てに〝ポジティブ〟を増やすと、〝ネガティブ〟が消えていく|田中真衣さん

 

 
──『感情にふり回されない子育て──親子が変わる〈SomLicペアレント・トレーニング〉』が6月30日に出版されました。はじめに、子育て支援に「ペアレント・トレーニング」を取り入れるようになったきっかけを教えてください。 

 今、児童虐待についての痛ましい報道が絶えません。虐待というと、自分には関係のない話だと思われるかもしれませんが、子育てしている方にとって実は人ごとではないのです。さまざまな条件が重なってしまった結果、誰にでも起こりえるものだからです。

というのも、親は、子育ての仕方を学ぶことのないまま、いきなり実践に入らざるを得ないという現状があります。そして、子育てはそれぞれの家庭のやり方に委ねられていて、他者が関与できる余地がありません。ということは、間違ったやり方を修正できずに繰り返し続けてしまうということにもなりかねず、そんなネガティブなスパイラルが虐待を生み出すこともあるのです。

親が子育てについて学ぶ機会があれば、親も子も悩み苦しむ不幸な事態は避けられるかもしれない。追い詰められた親が子どもへの虐待に至ってしまう前に、もっとできることがあるのではないかと思い、「ペアレント・トレーニング」を子育て支援に取り入れることにしました。 

──「ペアレント・トレーニング」は虐待予防にも有効ということですか? 

「ペアレント・トレーニング」では、子どもとの関係を良くするための方法を教えています。子どもと心を通わせるコミュニケーションのあり方を学び、親の働きかけが変わることで、子どもの困った行動を減らすことができます。すると、怒ったりつい手が出てしまったりという必要がなくなり、結果として虐待の予防につながると考えています。

これは、親自身が自分のことを客観的に見て、自身の子育ての仕方を変えていくトレーニングでもあります。「自分の言動はもしかしたらおかしいのかも……」「私は思い込みが激しいのかもしれない」など、自分をふり返るきっかけとなります。誰もがお手本がないなかで手探りでしている子育てにおいて、そういう機会があるのは大事なことだと思います。

さらに、私が主宰している「ペアレント・トレーニング」の実践講座では、グループワークを基本にしているので、他の人の子育てについて見聞きできます。すると、自分のやり方とは違う……という「ゆらぎ」が生じます。これがとても大事で、他の価値観に触れることは自分を変えるための一歩にもなるのです。

──子どもとの関係を良くするために、大切なことは何でしょうか?

子どもの困った行動をどうにかしたいと「ペアレント・トレーニング」を始める方は多いのですが、その前に、できるだけポジティブなことを増やすほうが大切です。 

例えば、本書にも「自己肯定感を高めるほめ方」「子どもに分かりやすい伝え方」などの方法を載せていますが、それらは怒る必要などは一切ない、ポジティブな方法です。親が意識的にポジティブな関わりを増やすと、子どもは瞬く間に変わります。さらに、親も子育てが楽しくなり、笑顔が増えるでしょう。すると、子どもも笑顔になり、自然と困った行動が減るので、対処法も必要なくなるのです。

──子どもとの関係に悩んでいると、困った行動をなくすことに必死になりがちですが、その前にできることがあるのですね。

とにかく困った行動への対処法を知りたいという方のなかには、勉強熱心でさまざまな子育て法を学んでいる人もいます。子育てに関する知識は増えるけれども、頭の中の知識として蓄えられているだけで、自分の行動や実践に活かされていないなんていうこともよく見受けられます。そういう方も、ペアレント・トレーニングを学ぶなかで、「自分はぜんぜんできていなかった」「子どもの話を聴けていなかった」ということに気づいていかれます。その気づきが大事なのだと思います。客観的に見て、自分を変えるための糸口が見えてくる。そこから自分を律することが始まるのです。

──自分を律するとはどういうことですか?

例えば、親にとって子どもがしてほしくない行動をとったときに、感情的にならず、子どもにどうしてほしいかを落ち着いて伝えることができるでしょうか。とても難しいですよね。家の外では、優しそうなパパ・ママを演じられるけれど、家に帰ると、感情にふり回されてしまうというのはよくあることだと思います。大事なのは、誰も見ていないところで、感情をコントロールして子どもと関わることができるかということです。

学校や施設などでもそうですが、虐待というのは密室で起きるものです。暴力や暴言、感情をあらわにするなど、コントロールがきかなくなるのが密室です。人の目が届かないところで、どのように行動するか。これは、自分との闘い、修行とも言えるかもしれません。

子どもの困った行動に対してイライラしてしまうのは当然です。でも、その場で感情にふり回されないためにも、子どもと関わる前に、〝自分の感情との付き合い方〟を知っておくことが大切になります。

本書では、「親のイライラ、怒りを落ち着かせる方法」を通して、自分がどんなときに感情的になるのか、感情が起こったらどうすればいいのかのトレーニングをします。そして、親と子、それぞれの価値観を客観的に理解し、その上で自分がどのような価値観を持っているのか、子どもとの価値観とのズレが生じていないかなどを確認します。

──最後に、どんな人に本書を読んでほしいですか?

子育てにかかわるすべての人です。実際に自分の子どもを育てている人はもちろん、里親さんや養子縁組で子育てをしている方、乳児院や児童養護施設などの児童福祉施設で子どもに関わっている方、子どもに関わるすべての人に読んでいただきたいなと思います。

というのは、「ペアレント・トレーニング」は子どもと保護者との関係を良くしていくものなので、日々の肥やしとなり、どなたにとっても、もっと生活しやすくなるはずだからです。

保護者を支える立場にある保育士さんや教育者の方々にとっても「ペアレント・トレーニング」は確実な知識と技術として大きな武器となるでしょう。私も支援者の立場で感じていたのですが、それまで自信と確証をもって伝えられるものがありませんでした。その点、「ペアレント・トレーニング」は世界のさまざまな国で取り上げられ、心理学的にもエビデンスがあり、効果が明らかにされています。ぜひ本書を活用していただけたらと思います。

このたび、厚生労働省の子育て支援で「ペアレント・トレーニング」が事業化されることが決まりました。今後、子育て支援の現場でますます広がっていくでしょう。もっと学びたい方は、地域で開催されている「ペアレント・トレーニング」の講座に参加してみてください。 

取材・文=編集部

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田中 真衣(たなか まい) 
1980年生まれ。特定非営利活動法人SomLic代表。上智大学総合人間科学研究科社会福祉学博士後期課程満期退学後、博士取得(社会福祉学)。児童養護施設での指導員や、洗足学園短期大学幼児教育保育科非常勤講師、厚生労働省での障害福祉専門官(障害児支援担当)などを経て、2007年にSomLic(ソムリック)を設立。現在は白梅学圓大学准教授として勤務しながら、子育てに悩む母たちへの支援を行っている。 
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感情にふり回されない子育て 親子が変わる〈SomLicペアレント・トレーニング〉
田中真衣・著 ¥1,650 (税込)

「子どもにイライラしてしまう」「子どもがいうことを聞かず、怒ってばかり」……。
そんな子育ての悪循環に陥っていませんか?
そもそもほとんどの人が、子育ての仕方を学ぶ機会がないまま、いきなりの実践に挑んでいるわけですから、うまくいかないのは当然です。
本書で扱う「ペアレント・トレーニング」は、問題行動のある子どもの治療技法として、認知行動療法をベースに、アメリカで生まれました。
著者はそれを、日本の子育て支援の現場で取り入れやすいプログラムとして開発し、このたび、厚労省の子育て支援事業に採用されました。
今後、多くの方が「ペアレント・トレーニング」にふれる機会が増えるでしょう。
本書では、それに先駆けて、著者が開発したプログラムを書籍化しました。
本書を通して、子どもとの適切な関わり方を学べば、子育ての悪循環を断ち切ることができます。

【目次】
はじめに
第1章 ペアレント・トレーニングを始めよう
第2章 自己肯定感を高める「ほめ方レッスン」
第3章 子どもに分かりやすい伝え方
第4章 困った行動への対処法
第5章 ママ・パパが自分を幸せにする方法
第6章 こんなときどうする? Q&A
第7章 SomLicペアレント・トレーニングをもっと知りたい方へ
おわりに
参考文献

ISBN:9784333029051
出版社:佼成出版社
発売日:2023/06/30